ウルトラソニックモノクロスケール

シャツと靴は脱いで闘う。

骨のあるヤツになりたい。色々つらいことはあるけど。

今日の僕はイライラしていた。ここ数週間恋人と大喧嘩の最中だし、昨日は日曜なのに休日出勤。何もしなくても今日は月曜日で最悪なのに仕事も一段と駄目。作業者は修正指示を無視し、依頼者は要件を無視し、上司はそんな状況を無視した。良いのは社長の機嫌だけだ。

 いっぱいいっぱいだった。コップになみなみ注がれた苛立ちが表面張力でプルプルしていた。唯一、終業間際に同僚からの放たれた残業パスを華麗にスルーできたのはファインプレーだったといえる。あやうくロスタイムだ。許せ同僚、僕はもう今日は無理なんだ。もう帰ろう、急いで帰ってさっさと寝よう。たまにはこんな日もあるさ……そう思っていた帰りの電車で、事は起きた。

 

電車が動かない。人身事故だそうだ。

 

さすがにここまで不運が続くと、なんだか仕方がないような気がした。それまでのイライラがダラダラと零れて、一気に力が抜けてしまった。

 ツイてないとは思いつつ、着かないわけでは無かろう、とじっと壁にもたれかけていたが、これは判断ミスだった。田舎生まれの僕は、満員電車の恐ろしさを知らなかったのだ。

 いやはや、都会で電車が止まるって、すごい事件なんですね。いやもう押すわ混むわ五月蝿いわで凄いのなんの。普段あんなにはんなり静かな京阪本線があんなになるとは思ってなかった。どこがおけいはんだよって。

 東京人は毎日あのレベルの満員電車だと思うと本当にすごい。修行だと思う。前世で悪い行いをしたんだと思う。都民ファーストの力でなんとかすればええやんと思います。

 

閑話休題。あまりに唐突な帰宅ラッシュに「オイオイオイ、死ぬわ俺」と思ったんですが、不謹慎覚悟で言えば誰かがこの線路で死んだからこうなったのだ。こんにゃろう、電車に身投げして死ぬと家族にとんでもない額の賠償金が降りかかるらしいから、次自殺するときは電車以外がいいぞ。たまらず僕は途中下車してピークを過ぎるのを待つことにした。戦略的撤退。

 初めて降りる駅だ。特急が止まるのだから小さい街ではなく、さすれば近くにご飯屋さんはあるはず。とりあえず適当にお店を見繕って食べながら時間を潰すか、俺は腹が減っているんだと、気分は孤独のグルメだったけれど、すぐにケンタッキーの夏野菜サラダプレートの広告に目を奪われKFCに吸い込まれてしまった。食べたくなるなる、ケンタッキー。しかしこの安易な行動も災いとなったのだったのだ。

 

「この、夏野菜サラダプレートを単品で」と指をさした瞬間、敗北と失敗を悟った。「この、夏野菜サr」あたりで、店員さんがバツの悪そうな顔をしたのだ。間違い無い、売り切れだ。あんなに美味しそうな広告を打ったのだから、予測できてもよかった。店員さんに申し訳ない振る舞いをさせてしまって申し訳ない。

 分かっている、注文された夏野菜サラダプレートが売り切れなら、横のコンビプレートがレコメンドされる手はずなのはわかっているんだ。僕だってその選択肢に乗るつもりだ。野菜と肉を食べたくて夏野菜サラダプレートを注文したのだ、無ければ下位互換のコンビプレートになる。当然だろう?

 店員さんがゆっくり口を開く。

「お客様申し訳ございません、」待て、みなまで言うな。もう売り切れは察しているんだ。あと1秒待ってくれればコンビプレートに注文をシフトする、頼むから待ってくれ。

「夏野菜サラダプレートは本日売り切れてしまいまして、」もう店員さんは止まらない。ジーザス神様。どうか時を止めてくれ。過去の馬鹿だった僕を叱ってくれ。

「似たメニューですとこちらのコンビプレートなどいかがでしょうか」神よ。こんな悲劇があっていいのか。世界に救いは、愛は無いのか。「あ、じゃあそれでお願いします」と決まりきった台詞を言う。予定調和に従ってクライマックスへと真っ直ぐ突き進む。そう、まるで夏野菜サラダプレートなんて無かったかのように。

 

そこからの注文はスムーズだった。セットにするとよりお得なこと、ドレッシングの種類、チキンの骨の有無、お冷の要不要を確認された。単品、野菜ドレッシング、骨無し、お冷もらえますか。滞りなく注文は進んだ。会計をする頃には、2人の間に流れていたほんの少しのギクシャクした雰囲気は解れていたと思う。

 「こちらでお待ちください」そういう店員さんは吹っ切れた様子だった。僕はそれに「はい」とだけ答えた。もう二人に言葉は要らない。お互いのことを信じていたからだ。真っ直ぐと前を向いた、澄んだいい眼をしている。彼ならきっと、最高のコンビプレートを提供してくれるだろう。

 

「お待たせしました、コンビプレートのお客様!」新鮮な緑が香ばしいチキンを覆い、瑞々しく熟した赤いトマトが端っこにちょこんと居る。ドレッシングはオレンジで、コーンスープは黄色。実に彩りが鮮やかで素敵。フォトジェニックとはこのことだ。フォトジェニックという単語、コンビプレートが語源なのかもしれない。とにかく、美味しそうだ。

 やはり彼を信じて間違い無かった。ありがとうございます、フォトジェニックを受け取って席につく。横目で店員さんを見ると、もう次のお客さんにコンビプレートを勧めている。その対応と眼差しはプロフェッショナルそのもの。プロフェッショナルという単語、彼が語源なのかもしれない。とにかく、好感が持てた。

 

「今日一日散々だったけど、なんか良かったかもなぁ」

 

ぼんやりとそう思いながら、チキンを食べる。お行儀は良くないかもしれないが、骨を掴んでムシャリといく。フォークは付いてたが、これはサラダ用だ。だからこう、骨を掴んでムシャリといく。やっぱり、ムシャリといったほうがなんか美味しく感じるよね。こう、骨を掴んでね……。

 

 

 

アイエエエ!!?

骨!!!?

骨抜きチキン言ったじゃんか骨ナンデ!!!??!(美味しく食べました)

 

 

 

そんなわけで骨のある奴になりたいですね。

骨のある奴ならそもそも恋人と喧嘩はしない。日曜に出社するようなヘマもしない。進捗管理も要件定義も交渉もすんなりいく。もちろん社長もニコニコだ。満員電車に辟易して途中下車するなんて真似はしないし、ケンタッキーを食べる時はいつも骨付きだ。

彼の骨付きチキン(胸肉だった)には、そういう骨のある奴になれっていう励ましの意味もあったのかもしれない。余計なお世話かもしれないが、プロフェッショナルっていうのはいつもちょっとだけ世話焼きだ(今考えた)。

 

骨付きチキンを食べた後、この文章を書いて時間を潰してたら、丁度混雑ピークの過ぎる良い時間になった。それに、少しだけ前向きな気分になった。さぁて、帰ろう。急いで帰って早く寝よう。

 

電車に乗ったタイミングで車内放送が鳴った。「ただいま、二件目の人身事故のため、運転を見合わせております。お客様に……」

 

 

 

まぁ、こんな日もある。