ウルトラソニックモノクロスケール。

真面目な記事とふざけた記事を交互に書きます。躁鬱気味だとも言えます。

ゆっくり死んでいくだけの人生。

夢に父方の祖父が出てきた。「お前もいつか死ぬんだし、大切な物を見失うな」というようなメッセージを残していったところで目が覚めた。夢なので、全部僕の頭の中での話になるのだけど、それでも僕にとって祖父であることには意味がある。僕は祖父に命を救われているのだ。

 

祖父は僕がうつ病で死にそうな時に死んでしまった。幼い頃から良くしてくれた祖父だ、悲しくはなった。しかし不謹慎を承知で素直に言うなら、合法的に取得できる長期の休暇に嬉しさを隠せなかった。半ばワクワクしながら会社に連絡を入れ、スーツケースに荷物を詰めたのを覚えている。

 

酷い病気や事故が原因でなく、老衰での大往生だったというのもあってか、葬儀は穏やかだった。祖母が死んだときはもうちょっと違った。当時の僕は小学校3年生で死という概念をちゃんと理解できていたか微妙ではあったが、ただただみんなが深く悲しんでいる様子が悲しくて泣いてしまった記憶がある。当時の祖母が60半ばだったので、今考えてみるとかなり早い死だったのだと思う。

 

お通夜は、祖父の思い出話を話したり、お互いの近況を伝えったりで、和やかで楽しかった。久しぶりに人間らしい会話をしたような感じすらあった。うつ病で会社を休んでいることは伝えていたので、ひどく心配されていた。みんなに「そんな会社辞めてしまえ」と言われた。決定的だったのは、父の一言だった。

 

「お前もうつ病で大変だろうから無理にとは言わないけど、母さんが心配するし気が向いたらたまには連絡してやれ」

 

こんな台詞を、父に言わせてしまった。実の父を亡くした通夜を、今まさに過ごしてる父にである。今日くらい、父に気持ちよく祖父の話をさせてあげたかったし、本当はそうするべきだったと思う。しかし、僕の状態がそれを邪魔してしまった。情けなくて泣いた。上手く誤魔化せてなかったと思うけど、涙は祖父の死のせいにしながら、父の話をじっくり聞いていた。退職することを決めた。

 

退職し、うつ病もだいぶ回復した後になって母が振り返って言った。「しんどくなってるお前を休ませるために、じいちゃんが呼んでくれたのかもしれないね」そうかもしれない。あのとき休めてなかったら僕は今どうなっていただろうと想像すると、ゾッとする。生前の祖父は頑固で気前の良い人だったと記憶しているが、死に顔は優しく柔らかな表情だった。

 

そんな祖父が夢に出てきて応援してくれた。今朝の話である。何か頑張ろうという気になった。普段は夢なんて信じないくせに都合が良過ぎると自分でも思う。でも、逆に安心している。どうやら頑張り過ぎてるときには、祖父が警告を鳴らしてくれるみたいだ。

 

結局最後は死ぬ。好きにやって行こう。ただし、大切なものはしっかりと守りながら。